城福浩監督(64)は、前日に他界した釜本邦茂さんを偲びながら、指導者として日本サッカー史上最高のストライカー像について語った。
釜本さんは早稲田大学ア式蹴球部出身で、城福監督とともにその時代を彩った選手だった。
城福監督は、JFA時代にアンダーカテゴリーの代表監督として関わった釜本さんと直接会話した記憶は少なく、舞い上がっていたと振り返る。
子供時代からサッカーが好きだった城福監督は、家まで石を蹴りながら通学し、そのヒーローは釜本さんだったと語る。
釜本さんは「釜本2世」と呼ばれる選手たちに苦しめられた存在でもあり、その偉大さを強調した。
1960年代から70年代にかけて代表として活躍し、メキシコ五輪銅メダルやW杯出場は叶わなかったが、ブラジルのペレらと対峙した記憶は今も鮮明だ。
日本サッカーは半世紀を経て大きく変わり、プロ化を経て現在のJリーグやサッカー界の発展に努めている。
城福監督は、かつての選手の才能と意識の高さに触発され、次世代の逸材育成について示唆を得ている。
釜本さんのプレースタイルは現代でも色あせず、強さと柔軟性、多彩なゴールパターンを持つ卓越したストライカーだったと評した。
その得点実績は、1968年のメキシコ五輪や1972年のムルデカ大会、国内リーグでの連続得点王など、多岐にわたる。
